ウサ子UPの場合

潜在意識、引き寄せ、自己愛等の実践記録です。

問題に込められたメッセージに気づく

こんにちは。

そろそろ記事を書きませんか?ってお知らせが来るほど放置していたヨ。。。

 

PC立ち上げるの面倒でついスマホで遊んでその日を終えてしまうウサ子。

 

最近のウサ子が体験したことなのですが、

立て続けにちょっとした問題が発生していました。

一つははウサ子のうっかりミスによるものだったのですが、

これは私は守られていることを気づかせる為に起きたメッセージだったのでは思いました。

 

金曜の朝にそのミスを起こして、

午後に気づいてすぐに修正版を取引先に送付したのですが、

週明けにならないと修正が間に合ったのかどうかがわからず、

その日の夜はストレスで謎の腹痛に襲われ、

週末はなるべく考えないようにしながらまんじりともしない二日を過ごしていました。

そして、月曜の朝。取引先さんから「了解です」のメールをいただき、ほっと胸をなでおろしたのです。

 

ミスで問題が起きた時に私は祈りをつぶやき続けてました。

ありがとうございます、ありがとうございます、と。

 

結局、このミスが問題に発展することはなく、

私に守られていることを伝えるための手段だったんだと気づいたんです。

 

そして、お勤めしている会社にとてつもない、

一人の力ではどうにもならない問題が起きています。

 

たぶん春ころのウサ子なら、きっと頭がおかしくなって逃げ出していたと思います。

あの危機を乗り越えてきた今のウサ子は、

職場が沈滞ムードにならないように気持ちを上げて、

問題の渦中にある同僚をサポートし自分の仕事にもバリバリ取り組んでいます。

 

正直、疲れたなぁとへこたれる瞬間もありますが、

そんな時は絶妙なタイミングで知人から食事の誘いがあったり、

自分から飲みの誘いをする勇気を与えてもらう出来事があったり。

ガス抜きできる機会を与えてもらってます。

ウサ子はめったに人から誘われたりすることはなくて、

自分から人を誘うなんて、これまでの人生で一度もなかったのではないかと。

今までとは違う自分に新鮮さと楽しさを感じています。

 

あの危機もこの大きな問題を乗り越えるためのリハーサルだったのではないかとさえ思えます。今が本番というか。練習の場を与えてくれた事に感謝です。

そして、ウサ子の腕の見せ所を作ってくれてありがとう🎵

 

この大きな試練もなんとかなるよ(^^♪

 

そんな風に信じています。

 

全ては私が幸せになるために用意された事です。

ありがとう。ありがとう。ありがとう

 

思い上がりに気づく

こんにちは、ウサ子です。

すっかり日も短くなりましたね。

ウサ子は秋から冬にかけて縫物や編み物など手仕事が恋しくなってきます。

毎週末、内側に折り曲げて履いていたパンツの裾上げをせっせと手縫いしております。

裾上げするものがなくなったら、はて、どうしよう。

 

さて、先週、職場で後輩とちょっとした衝突がありました。

表立ってぶつかり合ったわけではないのですが、

後輩君からの依頼メールに対して、

私が別の角度からの意見をしたことで一気にご機嫌斜めになってしまった後輩君。

 

そんな姿に私も不快な気分になってしまいました。

 

その日の夜から明朝まで、

気づくと頭の中で、

意見を言われて不機嫌になるってどういう性分なのか考えていたら

ある事に気づいたのです。

 

そして気づいたらスーッと気持ちが晴れたんです。

 

なぜ彼が不機嫌になったのか。

それは、自分の思い通りにいかないから。

自分のやろうとしていたことに横やりが入ったから。

(彼の口から出た回答ではないので、私の勝手な推論。)

 

思い通りに行かずに不機嫌になるってことは、

そもそも思い通りに行く前提なんですよね。

 

つまり、それは自分以外の誰かや、

状況を自分の思い通りに動かそうとしている、

という事でもあるわけですよね。

 

それってすんごい思い上がり。

思い上がりもいいところ。

人を駒扱いすんなよ!!

 

ってここまで辿りついてガツーンと来たんです。

まだ薄暗い空に浮かぶ明星を見つめて。

 

それは自分自身だってことに。

思いあがってんのは自分だよって。

 

自分のこれまでの言動を思い起こしても、

不機嫌になった後輩君に不快な気持ちを抱く自分も。

 

私はやっと、ようやく、自分の思い上がりに気づきました。

 

その瞬間、気づけた状況を作ってくれた後輩君に、

私は不快になるどころか感謝の気持ちが芽生えたのです。

 

人として一つ上のステージに登れたような気分にさえなりました。

 

私は不快な気持ちを引きずることなく、

新しい日を迎える事ができたことにとても幸せを感じました。

 

 

ご縁は神様からのご褒美

こんにちは、当ブログへようこそ。

かるーい気持ちでサラッと読んでください。

 

皆さんはご縁を感じたことってあると思いますか?

ウサ子は転機とかご縁とか人生の中で数回経験しています。

今日はそのうちの一つについて書きたいと思います。

 

20代後半のころです。

ウサ子がお勤めしていた職場が、

別の会社と提携を結ぶこととなり、

その別の会社の社長がたびたび職場に訪れるようになりました。

そのたびにウサ子はその社長に1時間も2時間も説教されていました。

 

まだ、20代のウサ子はただただ毎回、悔し涙を流すのみでした。

今なら録音されてパワハラで訴えられてる事でしょうね。(; ・`д・´)

 

それから数か月後、その社長さんが新しく採用した人材が送られてくることが決まりました。頭数からして過剰人員でした。つまり、ウサ子を追い出したかったんですね。

ウサ子に対する解雇通告はありませんでしたが、

こんなくそジジィについていく必要はない!

とある時、洗脳から目覚めたような状態になり、

ウサ子は自分から辞める事にしました。

 

やめる事が決まって数週間、

ある大手企業の課長さんにウサ子を引き合わせてくれた方がいたのです。

ちょうどその課長さんは赴任してきたばかりで、

人手も足りていなく、アップアップしていたようで、

ウサ子ならきっとその方との相性もいいだろうという事でのお声がけでした。

 

その引き合わせてくれた方とは、付き合いが深くも長くも全くないです。

ウサ子の事なんてほとんど何も知らないと言っても過言ではないくらい。

ウサ子の仕事している姿を1,2度見た程度の人です。

辞めると決めた後でも、

変わらず自分の責務を全うすべく働いていた時期でした。

 

神様からご褒美をいただいたんだと思います。

 

そうして大手企業への転職がスルスル~っと決まって、

本当に多くの事を学ばせてもらい、

人としても大きく成長した時期でした。

会社の大小で人の価値が決まるものではありませんが、

当時のウサ子にとっては、自分を肯定できる自信につながる大事な経験だったのです。

(どうせ私なんて、私なんかダメでしょ、のウサ子でしたから)

 

 

今はまた別の会社にお勤めしているウサ子ですが、

その時の経験がなければ今のウサ子はいません。

 

履歴書を持っていくと、

その大手企業での経歴ってどこに行っても、

プラス材料として受け止めてもらえるんです。

 

そして、元々ウサ子が勤めていた会社は数年後に倒産しました。

 

あの嫌な社長が現れなければ、

ウサ子は転職もしていなかっただろうし、

そのまま倒産のあおりを受けていたかもしれません。

そのタイミングでうまく転職できたかどうかもわかりません。

 

当時はなんでこんなに不快な目にあうんだろうかと

悔しく悲しく思っていましたが、

その後の展開を振り返ってみると本当に不思議な巡りあわせです。

 

ここ数年来はそのような人生が動くような波はきていません。

職場に定期的に苦手な人が現れますが、

私がそこから身を退く前にその人たちがいなくなります。

 

 

 

正直言うと、短いスパンで転機が訪れていた20代のころに比べると、

ちょっぴり寂しい気持ちがありました。寂しいというか不安に似た気持ちかな。

人とのご縁が途絶えてしまったような不安感です。

 

だけど、今のこの環境が今のウサ子にはベストなのかもしれませんし、

次のステージに行く準備ができていない、まだ時期ではないのかもしれません。

 

いつどこでどういうご縁に出逢うのかわかりません。

今いる状況を今できるベストで生きていくこと。

これが次へと繋がるご縁を運んできてくれるのだと思っています。

 

最近、だらけ気味のウサ子でしたが、

書いてるうちに気持ちが引き締まりました (*´ω`)

 

何を言われても、どんな不平等な状況でも、理不尽であっても、

一生懸命だったなぁ、って。

そして、神様がご褒美を用意してくださっていました。

 

ありがとうございます。

 

 

 

苦手な人が現れるには理由がある?

こんにちは。ウサ子の潜在意識記録にようこそ。

 

引き寄せも、潜在意識も、

ごく自然の事になりつつあるウサ子です。

何か問題が起きても

解決の道が必ず前に続いてることを以前よりも強く感じられる自分がいます。

 

でも、そんなウサ子にも消えない一つの不安があります。

 

その不安な事っていうのが、

来年の人事異動でウサ子の苦手な人が支店長として赴任してくるかもという事です。

 

今から来年の事を考えても仕方ないですから、

とにかく今に意識を向けて、

今の環境を楽しむように心がけていますが、

楽しもうとするほど、あぁ、来年はこんな風に楽しい気持ちでいられなくなるんだろうなぁ、あの人がトップに立ったら理不尽に振り回されるんだろうなぁ、

って考えがよぎります。

 

そして頭の中で、こんな理不尽な事を言われたら、

こういう理屈で返してやろう、とか妄想しています。

それはネガティブな妄想ともとれるけど、

きちんと相手が納得いく反論ができるように、

討論力を磨いているとも言えるかと思います。

 

言いたいことをぐっと飲み込んだり、感情的になったり、

そんな自分を変えるための鍛錬だと思えばいいかなって。

 

それから、自分の前に現れる現象や人って、

やっぱり自分に必要な事だから現れるんだと思う。

そうだとすると、その人や、その人のような人が現れる必要のない自分にステージを上げてしまえばいいのではなかろうか??

 

仕事と幸せに生きる事

こんばんは。

かなり放置してました。

 

特に書きしたためることもなく、

穏やかで平和な日々を送っていました。

 

好きな趣味の方にかなり時間を使っており、

モヤモヤに襲われる時間が減って、

仕事とプライべートの気持ちの切り替えも、

以前より上手にできるようになってきました。

 

何よりも趣味を再開するまでに精神状態が戻ってきた事が

本当に幸せで嬉しいです。

 

好きな事をやってると自然と波動が高くなって、

引き寄せ力も強くなっていくような気がします。

振り返ると、私は趣味に没頭していた時代に、

人生の転機ともいえるような巡りあわせを何度か経験しています。

 

さて、話は変わりますが、

職場の同僚が今、仕事を続けていく自信がないと言い出しています。

続けていく自信がないと言いつつ、辞めたいわけでもなく、

じゃぁ、何がしたいかというと、担当案件を減らしさらに時短で働きたいそうだ。

 

そうなるに至ったのは休暇中も仕事の事が頭から離れず、

心の底から休暇を楽しめなかったのだと。

で、色々考えた結果、自分のキャパ以上の仕事を押し付けられているんだと。

 

(そういう人は担当を減らしても、

頭の中から仕事ゼロにすることはできないと思うんだけどね。)

 

そんな要望を上司に提案してました。

もちろん受け入れられる訳もなく。。。

 

私も仕事に人生のすべてを覆いつくされてしまったような、

辛い時期があったので、彼女の悩みもわからなくもないです。

自分の人生を楽しく幸せに生きていくために

どうしたらよいのか考えた末の提案なのでしょう。

 

彼女の言ってることが、

心のまま生きていく事なのか我儘なのか。

 

休暇中に誰か彼女に仕事の電話をしたわけでもなく、

定期的にメールを確認して対応していたわけでもなく。

完全に仕事から離れた状況にいたのに、

それでも、休暇を楽しめなかったのは本当に周りの環境のせいなのだろうか?

 

彼女の生き様には、

自分の人生を楽しく幸せに生きるを大事するという事がどういうことなのか、

色々と考えさせてくれるなぁ、と思いました。

 

きっと、彼女はこの会社を去る時期が来てるんだと思います。

もっと、彼女の個性が輝ける場所があるんだと思います。

そこに気づかずにいつまでもダラダラいるから、

強制的にハードな状況になって居るんじゃないかなぁ。

 

自分を変えると周りの環境が変わる

こんにちは。

ウサ子のただ書き綴るブログにお越しいただきありがとうございます。

 

お盆休暇は実家に帰省し、

十数年もご無沙汰していた親族にも会いました。

ウサ子は人との交流に苦手意識があり緊張感を放ってしまいます

それは例え親族に対してであっても同じです。

 

私なんか話題提供も出来ないしとか、

私なんか面白味もないしとか、

そんな感情が支配していた時は表情も乏しく無口でした。

 

しかし、今回は和んだ心でその時間を楽しく過ごしました。

相手中心ではなく、

自分がこの時間と空間を楽しいと感じ、

美味しいとか、楽しいとか、好きや嫌いとか、わからないとか、ささいな疑問とか、

心に浮かぶ感情をそのまま口に出すことを自分に許可した結果だと思うんです。

 

意識改革を行ってきた成果を感じる大事なお盆休みだったと思います。

 

先週から仕事に戻っていますが、職場でもあれ?と思うことがありました。

それは自分が笑顔で朝の挨拶していることです。

もちろん挨拶自体はこれまでも普通にしていましたが、

意識もせず笑顔になっているんですね。

あれ、私、笑顔になってる~、って心地よい感動でした。

明日も、明後日も笑顔で挨拶しようって思うとウキウキしてきます。

 

二つ目のあれ?はコミュニケーション要領は良いが仕事スキルが低く仕事放置の職場の後輩についてです。

彼女に対してモヤモヤしていたのですが、

上司から彼女についての意見を聞く機会があり、

私が彼女に抱いている考えと同じ評価を上司が持っていることがわかりました。

 

これまで、私からその仕事放置の後輩について上司に申し入れる事はしませんでした。

ただただ自分の課題と向き合い続けて、

彼女に対しては仕事上のチームという付き合いを続けてきました。

かつての私なら口を利くことをやめ、嫌い感情が露わになっていたと思います。

 

人は変えられない、己を変えよ、という言葉はよく見聞きしますよね。

それって、OOさんの態度が気に入らないけど気に入るように自分を変えようではないし、OOさんが自分にきつく当たるのは、OOさんの性格が悪いのではなく、

自分がダメ人間なんだから自分が変わるべきなんだ、と自分を卑下することでもないですね。

 

潜在意識や自愛を知る前のウサ子は、

そうやって自分を変えようとして何度も自爆してました。

 

己を変えるというのは、己の課題に向き合うこと、

己を大事にすること、己を愛すること、己の味方になること、己の声を聴くこと。

人を変えようとしなくても自然と自分を取り巻く環境が変わります。

ウサ子はそう思います。

 

お金にまつわる意識の変化と現実の変化

春先から潜在式や引き寄せや自愛なんかを実践して、

さらに斎藤ひとりさんのおっしゃってることをよく読んで実践したりして、

自分の生活や人生観なんかが変化していっているのが感じられるんですね。

 

もちろん仕事をしているうえで、

トラブルゼロなんてことはないのですが、

トラブルの起きる頻度や深刻度やタイミングだったり、

なんとかなる自信感だったり。

不安とか焦りを少しづつコントールできるようになってきました。

トラブルを作る人やトラブルを生む環境へのイライラもね(^_-)-☆

さらに、そんな状況に対峙しても、

ついてるなぁとさえも思えるくらいの余裕も生まれてきてます !(^^)!

 

意識が現実に投影されるから、

まずはなったつもりで生きてみる、という方法論をよく目にします。

例えばお金持ちな人生を望むなら、

お金持ちになったつもりで生きてみるなんでしょうが、

ウサ子にはお金持ちになったつもり=怖気ずに贅沢する(消費する)

という発想があったのですが、決してそういう事ではないんだと、最近気づきました。

ハイ、最近です (/ω\)

 

安いものを身に着けずに良品を身につけましょうとか、

そういう事もちょいちょいスピリチュアル系のブログとかで見受けるのですが、

私の考えるお金持ちになったつもりのお金の使い方ってそうではなくて、

罪悪感を持つとか、財布からお札が消えてゆくぅ、そういう気持ちを手ばしていくことだと思うんです。

 

例えば月収15万円で毎月セレブ気分で海外旅行なんて、

非現実的だし破産しちゃいますよね。

 

むしろ今後の生活に不安感が募ります。(*_*;

 

月収15万円の生活範囲での最高の物、

そしてほんとに自分が欲してる事や物に使ったらよいのだと。

別に海外旅行に行かなくても、

ちょっと豪華なランチやエステなんかでもいいと思います。

頻繁に自分に贅沢を与える必要もないです。

大事なのは贅沢をしてしまったという罪悪感や生活への不安感を持たずに、

楽しくお金を使う事なんだと私は思っています。

 

そうしたら、なぜかウサ子は衝動買いが減り、

衣料品への消費欲もめっきりなくなり、

たいして袖を通すこともない服を買ってしまうような無駄遣いが自然となくなりました。

その分、飲んだり食べる事が好きなので、

そっちのほうをちょいちょい楽しんでいます(#^.^#)

 

旅行費用の積み立てなんかも始めました。

無計画に旅行にお金を費やしていた時期もあるのですが、

積み立てる行為によって、

どこへ行こうかなぁ、海の見えるほてるがいいなぁ、

遠くに行かずに近場の高級ホテルに泊まってのんびり優雅な気分でも味わおうかなぁ、なーんていう想像の時間も持てて、気づいたらワクワクしてます。

 

積み立てなんてせずに思い立った時にパッと旅行に出るのがお金持ちのスタイルかもしれませんが、

結局、現地での予算が少な目の旅行になるので(それはそれでいいのですが)、積み立てる事で少し優雅な旅行に思考をシフトしています。

 

預金口座にお金が増えていく現実を見ることも引き寄せ強化の要素なるんじゃないかなぁと思っています。

 

本日も最後までお読みいただきありがとうございます。